個人情報の私物化 連載第224回

新型コロナウィルスの感染が拡大していく中で、「桜を見る会」の真相や責任を追及している場合ではない。そんな勇ましいけれど、勘違いした言説をネットやSNSでみかける。そのたびに、現象だけではなく本質をとらえることの大切さを痛感する。「桜を見る会」の本質とは「私物化」である。自分の支持者を招き、それに巨額の税金を投じ、関係する公文書を恣意的に廃棄する。そんな「私物化」を許せば、新たな感染症対策も大混乱に陥るだろう。何事も公平無私であることが望まれる。

全文は月刊ガバナンス2020年3月号(ぎょうせい)でお読みください

個人情報の廃棄 連載第223回

2019年末は廃棄にかかわる不祥事が相次いだ。国では「桜を見る会」の名簿が廃棄され、違法な情報隠しが行われていたことが発覚した。一方、神奈川県では、個人情報も含むハードディスクが適正に廃棄されず、オークションサイトで転売された事件が起きた。廃棄してはならない公文書が廃棄され、廃棄しなければならない個人情報が廃棄されない。前者の情報隠しについては特集記事で詳しく取り上げているので、ここでは後者の「情報晒し」に焦点をしぼりたい。

全文は月刊ガバナンス2020年2月号(ぎょうせい)でお読みください

「節度」のある調査を 連載第219回

地域で暮らし、働く人たちが、良好な日常生活や社会生活を支援していくことが、自治体の主要な役割である。この役割をしっかり果たしていくために、1人ひとりの生活に関わる個人情報の取得・利用が必要な場合も少なくない。生活に対する強い不安感から、自己に関する個人情報の取り扱いに不信感を抱く例もある。その時に必要なのは、自治体職員の「節度」のある行動だ。価値観が多様化した社会における「節度」とは、法令やそれに基づく仕組みを硬直的に運用することではない。支援する相手の視点に配慮した柔らかな姿勢をもちたい。

宗教法人の提出書類 連載第218回

「触らぬ神に祟りなし」という言葉がある。ある物事に関わると面倒で、災いが起こるかもしれないので、そっとしておくという意味だ。というわけではないと思うが、情報公開が進んだ世の中で、あたかも「聖域」のように扱われている領域がある。その代表例が、警察・外交・防衛に関わる情報だが、他にも「聖域」がある。それは、宗教法人が自治体や国に提出した書類だ。過去にも自治体が保有する提出書類の公開の可否をめぐる議論があった。いま、それが国を舞台に再燃している。

制度の多様性 連載第217回

ずいぶん昔のことだから、多くの人は忘れてしまい、若い人は知らないかもしれない。情報公開条例の最大の特色は、自治体が先導・主導したことにある。その結果として、条例の内容に多様性があることを、今回は取り上げたい。それは、目的に知る権利の保障が明記されているか否かだけではない。実際の解釈運用に大きな影響を及ぼす非公開情報の規定ぶりも、条例により大きく異なる。また、規定ぶりは同じだが、同じ内容の行政文書の公開の可否が、自治体により異なることは珍しくない。

「公知の事実」の公開 連載第216回

屋上屋を重ねるような、なんだかおかしなタイトルである。法律上の意味はともかく、一般的には「公知の事実」とは誰もが知っていることを指す。その事実はすでに知れ渡っているのだから、改めて公開する必要はない。だから、情報公開制度を使って、「公知の事実」の公開を求めるようなことは、あり得ない話のように思える。ところが、実際には「公知の事実」の公開が求められたり、それどころか非公開になるような例もある。いったい、どういうことなのだろうか。

大臣日程表の即日廃棄 連載第215回

先日、実に興味深い記事があった。AI(人工知能)がさまざまな分野で活用されていく中で、「人命や経済損失につながる分野では、『なぜその結論を出したのか』が人間には分からないことが大きな課題になっている」というのだ(朝日新聞19年5月5日)。そして、AIにも説明責任が求められるという記事の流れに思わず苦笑した。では、翻って、私たち人間は説明責任をきちんと果たせているのだろうか。そのようにAIに問いかけたら、彼・彼女は何と答えるだろう。

公益目的の制度利用 連載第214回

先日ある会合で、情報公開制度の利用にかかわる難問が話題になった。営利目的の利用とともに、マニアと思われる市民の利用の多さに悩む自治体もあり、現場の意欲を削いでいるというのだ。いつごろからだろうか、自治体の担当者から同様の悩みを聞くことが多くなった。ただ、制度利用の質は、請求する側のモラルやセンスの問題であり、請求を受ける側としてはどうしようもない。そもそも情報公開制度は目的の良否を問わない仕組みのため、悩みを解消する手立てはないようにも思われる。

「情報反故」の闇 連載第201回

政権の正当性と信頼性を大きく損なった公文書改ざん問題。これを「情報反故」問題と名づけたい。反故とは不用なものを捨てることであり、約束・決まりを破ることを意味する。改ざんされた公文書は、政権にとっては不用、いや有害なものだった。だから、誰かが公文書管理の約束・決まりを破って改ざんした。これにより14もの決裁文書中の重要情報が捨てられた。改ざん真相は現段階では闇の中だ。しかし、これが政権を守るために行われたことは間違いない。保護の対象を誤った「情報反故」に他ならない。