以下の文章もずいぶん昔に書いた文章なのですが(中桐伸五編『環境をまもる 情報をつかむ』かもがわ出版)、不幸にして再び読み返さなければならなくなってしまいました。なお、原則として当時のままとしましたが、一部だけ加筆・修正しました。また、資料は省略しています。
(1)公開・提供されている「安全協定」に基づく文書
「自主・民主・公開」というように原子力利用の三原則は、その一つに「公開」をあげているにもかかわらず、原発(原子力発電所)に関する情報が公開されることは少ない。
事故についての詳細なデータ、安全審査の資料・記録、核燃料輸送の日時・ルートなどなど、市民が公開を求めても拒否された例は数え切れない。こうした情報を持っているのは多くは電力会社や通産省、科学技術庁などだが、それらのいくつかを自治体が持っていることはあまり知られていない。
原発のある自治体では、電力会社等と自治体との間で「安全協定」が結ばれている。そして、これに基づく事前了解、通報連絡、立入調査、協議などによって、電力会社等から自治体に対して様々な情報が提供されている。情報の内容は「安全協定」によって多少異なるが、基本的には内容には大差がないと思っても良い。ここでは北海道泊原発の「安全協定」を例に、北海道電力から道に提供され、安全協定の実施にともない生じる情報にはどのようなものがあるかをあげてみた(資料4)。北海道は情報公開条例を制定しているので、もちろんこれらの情報を公開請求することができる。
実際に、福井県ではこうした情報の公開を求める請求が出され、その一部または全部が公開されている。たとえば、1987年秋に起きた日本原電敦賀原発一号炉自動停止事故について、福井県との「安全協定」に基づいて提出された事故時の運転状況を示す文書(計23ページ)が公開請求され、約3ページの非公開部分を除いて公開されている。当初、この文書の半分以上の12ページが「企業情報」であることを理由に非公開になったが、そうした秘密主義が国会で問題になり、その後復水脱気装置配置図などの図面(2ページ)と「中性子束高々で原子炉自動停止」の部分(約1ページ)を除いてすべてが公開された。この文書には「今回の事象の直接原因は、復水脱気装置の圧力調整弁閉操作が若干早かったことにあるが、原子炉出力が高い段階で閉操作を行なえば、仮に操作が早かったとしても原子炉圧力への影響は小さく、原子炉自動停止に至らなかったと判断される。従って、原子炉圧力に影響を及ぼすような操作について、運転手順上明確になっていなかったことが誘因と考えられる。」と事故原因が記載され、「若干早かった」という人為ミスが原因であることが明らかになった。さらに対策として「復水脱気装置の圧力調整弁を閉操作する際には高出力(モードスイッチ「RUN」、バイパス弁微開)の状態で行なうように運転手順書に明記し、運転員に徹底する。」ことがあげられ、これまでは運転員がどのように対応したら良いのか明確にされていなかったことも明らかになった。
さらに、佐賀県では「安全協定」に基づいて提出され、作成したこのような情報を情報公開センターの行政資料コーナーに開架式で置いてあり、公開請求がなくても誰もがいつでも閲覧できるようになっている。これは、1988年6月に九州電力玄海原発一号炉で起きた格納容器内の一時冷却水漏れ事故後に原発に対する不安が一気に噴出し、県議会でも原発に関する情報を積極的に公開するよう指摘されたことがきっかけになっている。当初、九州電力はこうした情報提供に反対していたが、県が説得し実現にこぎつけた。福井県では全部公開されなかった事故報告書も、ここでは公開請求するまでもなくそのすべてを見ることができる。ただし、核燃料の輸送ルートだけは「核物質防護」を理由に提供、公開されていない。
(2)FOIAが公開した福島原発事故の真相
原発に関する情報はFOIAを利用して入手することもできる。1989年1月に起きた東京電力福島第二原発三号炉の再循環ポンプ事故についても、FOIAによって重要な情報が公開された。この事故は原子炉の再循環ポンプ(資料5)の一部が壊れ、その金属片・粉が約30キログラムも原子炉内部に入ってしまったというもので、一歩間違えればチェルノブイリ原発のような大事故になったと言われている。また、ポンプが異常に振動していたにもかかわらず、定期検査で運転を停止させる直前だったために運転し続け、警報が14時間も鳴り続けたためにやっと運転を停止させたという東京電力の姿勢も問題になっている。
この事故は1月6日に起きているが2月3日までの約一ヵ月の間まったく発表されず、東京電力や通産省ははじめから秘密主義に徹していた。事故が明らかになった後も事故に関する情報やデータを公開せず、再循環ポンプが壊れた原因についても詳細な調査もしないうちから「溶接不良」であると決めつけていた。そこで、事故の真相究明を求める市民グループがFOIAを利用してより詳細な情報を入手しようとしたのだ。日本の原発と言っても米国の企業が設計、製造したものが多いので、米国企業が再循環ポンプの構造について提出した資料があるだろうし、同じような再循環ポンプの事故が米国内でも起きているかもしれないとあたりをつけて、それらに関する一切の情報をNRC(米原子力規制委員会/Nuclear Regulatory Commission )に公開請求した。
請求から約四ヵ月後、NRCから約270ページにわたる文書が公開、郵送されてきた。その結果は意外なもので、米国内の事故についての情報が公開されると思っていたら、これまで米国内では福島第二原発三号炉と同様の再循環ポンプ事故が起きていないため、NRCが持っている再循環ポンプ事故の情報として今回の福島原発の事故についての情報が多数公開されたのである(資料6)。公開された文書の中には、福島原発の事故について通産省や東京電力がNRCに送ったファクシミリの写しやNRCが米国内の関係者に出す「通信」の写しの草稿までも含まれていた。なお、通産省が送ったファクシミリの中には「M」なる人物の非公式コメントがあるが、その一部は「企業情報」を理由に非公開になっていた。
これらの文書の中で最も重要な役割を果たしたのは、再循環ポンプの設計会社であるバイロン・ジャクソン社がNRCに提出した報告書である。事故のあった福島第二原発三号炉の再循環ポンプは日本の荏原製作所が製造したものだが、基本設計はバイロン・ジャクソン社が行なったものであるため、同社が今回の事故について独自に解析を行なったようだ。この報告の中で同社は「再循環ポンプの中を流れる冷却水は設計上、周波数約235ヘルツ(一秒間に235回)の振動を繰り返す。これに対し、日本の110万キロワット級沸騰水型原子炉に特有の直径1メートルの軸受リングでは水中で約229ヘルツの固有振動数を持っている。二つの振動数が非常に近いために、水流とリングの間に共振(共鳴振動)現象が起き、軸受けとリングの溶接部分に強い負担がかかって亀裂が生じた」(1989年9月24日『朝日新聞』朝刊)と事故原因を指摘し、事故が「溶接不良」という小手先のものではなく日本の110万キロワット級沸騰水型原子炉に共通した構造欠陥であることを明らかにした。東京電力や通産省が決して明らかにしようとはしない事故の真相についてさらに詳細な情報を得るために、現在、二度目の公開請求が行なわれている。
日本の原発の事故について地球の裏側にまわった方が詳しい情報を入手できるというのもおかしな話だが、実際に多くの情報が日本からNRCに提供されているようだ。先日も、日本国内の原発事故の概要についてNRCに提供された資料が、米国の市民グループから送られてきた。もっと詳しいことを知りたければ協力を惜しまないという手紙も同封されていたので、これから連絡を密にとりたいと考えている。本来ならばわが国で情報公開法を制定させ、それに基づいて国内で情報を入手すべきだが、それがまだ実現できていない今、FOIAによる情報の入手はかなり有効な方法である。