秋田大学医学部 推薦入試Ⅱ 2018年

【問題】

問1:筆者は「カミナリおやじ」とはどのような存在だったと推論しているか。100字以内で述べよ。

問2:病的であること, または異常であることとは何かを考察し, その上で,PTSDのような新たな病名や疾患概念の確立が社会にもたらす「恩恵」と「課題」について,300 字以内で述べよ。

問3:現代の日本において「厳しさ(躾役・社会的な父性の役割)」はどのように体現されるべきだと考えるか。「甘え」というキーワードを盛り込んで300字以内で述べよ。

私の親くらいの世代の人が、昔、近所にいたという「カミナリおやじ」を懐かしがることがある。若い人たちは、もうこの言葉自体にピンとこないかもしれないが、『大辞泉』には「何かというと大声でどなりつける、口やかましいおやじ」とある。
「カミナリおやじ」に期待されているのは、社会的な父性の役割である。家庭から一歩外に出た後の、地域コミュニティに於(お)ける言わば躾(しつけ)役である。そういう「恐い人」に叱られた経験がないから、今時の若者は道徳心や公共性に欠けるとよく嘆じられたものである。だったら、別に静かに注意すればいいじゃないかと思うが、重要なのは、理屈ではなく、その得体(えたい)の知れないショックの体験であろう。それは社会的に正しい何かであって、単なるわがままで「キレる」のとは違うと見做(みな)されていた。
1975年生まれの私の幼少期には、そういう近所の「カミナリおやじ」もあまり見なくなっていたが、むしろ覚えているのは、テレビの中の世界である。
アニメ『ドラえもん』(79年放送開始)では、その名も「神成(かみなり)さん」というキャラクターが登場する。主人公たちがいつも遊んでいる空き地の隣に住んでいて、野球のボールが庭に飛んできたりする度に、激昂(げきこう)して飛び出してくる初老の男性である。やはり同年に始まった子供向けのドラマ『あばれはっちゃく』では、近所の「カミナリおやじ」ではないが、主人公の父親が、「てめぇのバカさ加減には、父ちゃん情けなくて涙が出でくらぁ!」と息子の不始末に荒れ狂う場面が、毎回の山場だった。暴れる父親という意味では、74年に放送された『寺内貫太郎一家』を思い出す人もいるだろう。
これらの番組の「カミナリを落とす」場面は、いずれもユーモラスだが、DVに敏感になった今日の感覚では、特に父親の暴力には笑えないものがある。しかし、それを批判することがここでの目的ではない。私が気になっているのは、あの明らかに尋常でない感情の爆発は、一体、何だったのか、ということである。「カミナリおやじ」とは、つまり、誰だったのか?『帰還兵はなぜ自殺するのか』(デイヴィッド・フィンケル著)という本には、イラク・アフガン戦争に参加した米兵たちが、帰国後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、凄惨な戦場体験のフラッシュバックに悩まされて感情を制御できず、最悪の場合、自殺に至ってしまう例が、丹念に取材されている。この本を読みながら、私は、第二次大戦後、復員した日本兵たちのPTSDは、どのようにして社会に受け止められたのかということを考えた。
私の脳裡(のうり)にすぐに浮かんだのは、母方の祖父である。祖父は、徴兵されてビルマ(現ミャンマー)で、あの絶望的なインパール作戦に参加し、捕虜となった後に帰国したが、その後しばらく、恐らくPTSDの症状に苦しんでいた。祖父の戦争体験は悲惨の一語に尽き、飢餓と病に見舞われながら死体だらけのジャングルを彷徨い、空爆で二度、大きな傷を負っている。他方で、上官から陰湿な暴力も受けていた。
帰国した時、祖父は三十二才にして歯がすべて抜けてしまっていた。マラリアでよく高熱を出していたので、体調が悪いことは家族も知っていたが、当時はPTSDなどという言葉もなく、夜中に何度も、「敵襲ーっ!」と絶叫しながら飛び起きても、本人も含め、精神疾患などとは誰も考えなかった。そしてやはり、先ほどの本にある米兵の症例と同様、家族に対しては、時に暴力を伴う感情の爆発があった。それは「異様な怒り方」で、長じてどれほど良好な関係を回復しても、親子の間に痼(しこ)りを残していたように見えた。
私が物心つく頃には、祖父もすっかり穏やかになっていて、孫に手を挙げるようなことは決してなかった。そうした変化は、家族の間では、「歳を取って丸くなった」という穏当な言葉で受け止められていたが、医学的には、PTSDの回復と見るべきではなかったか。祖父の暴力を、性格的な問題だと思っていた亡くなった私の伯父などは、PTSDという病名を知っていたなら、どうだっただろうか? 殴られた心の傷は容易に癒やされないだろうが、その感情の整理のための糸口は、掴(つか)めたかもしれない。
東京新聞の昨年11月7日の記事によると、64年以降、今日に至るまで、戦傷病者特別援護法に基づいて国が療養費用を負担した日本国籍の旧軍人や旧軍属のうち、約1000人が精神疾患の療養中に亡くなっているのだという。患者数は、高度経済成長期を経た「七四~八五年度」でさえ「常に千人を超え、最多は七八年度の千百七人だった」とある。この制度を利用しなかった復員兵や民間人のPTSD患者を含めれば、更に桁違いの数だっただろう。『ドラえもん』や『あばれはっちゃく』の放送開始は、そういう時期だった。
適切な治療さえされないまま、放置されていた戦争によるPTSD患者の感情の爆発を、「近所」の人たちは、背景も、それが病気であることも知らないまま、何度となく、目撃していたであろう。「カミナリおやじ」というのは、もちろん、性格的なものや社会風潮その他、様々な要因があったろうし、アニメやドラマの登場人物が具体的に復員兵という設定だったなどと言うつもりはない。しかし、戦後長らく語られていた「カミナリおやじ」という半ば神話化された表象には、戦場のフラッシュバックに苦しみ続けた人々の存在があったのではないかという気がしてならない。
戦後の風景の、ひとつの振り返り方である。
(出典:「カミナリおやじ」は誰? 平野啓一郎 日本経済新聞2017年4月16日朝刊 一部改編)

【解答例】【解説】なし