原発事故と情報公開


 クリアリングハウス事務局に、茶色の封筒に入った英文の資料がある。差出人は米国のNRC(原子力規制委員会、Nuclear Regulatory Commission)。封筒の中には日本の原子力発電所の事故に関する約270ページの文書が入っている。FOIA(情報自由法、Freedom of Information Act)に基づく私の公開請求に対して、かつてNRCが公開したものだ。
 その事故は、「昭和」が終わる前日(1989年1月6日)、福島第二原子力発電所3号機で起きた。再循環ポンプが破損し原子炉に水が供給されなくなり、「空だき」状態になりかけた深刻な事故だった。それにもかかわらず、東京電力が事故を公表したのは約1か月後のことだった。「平成」という時代が、原発の事故隠しとともに始まったことを知る人は少ない。あれから20年以上の歳月が経過したが、秘密主義という体質が大きく変わったわけではないことを、いま私たちは痛感している。
 約20年前の事故は公表が遅れただけではない。東京電力は事故の真相も隠そうとした。当初の説明では、再循環ポンプの破損は「溶接不良」とのことだった。人為ミスという個別の事象であり、他の同型の原子炉・原発での事故のおそれがないことを強調したかったと思われる。それがウソであることを明らかにしたのが、NRCの文書である。
 その中に、再循環ポンプを設計したバイロン・ジャクソン社が、NRCに提出した報告書が含まれていた。事故の発生を受けて、同社が事故について独自に解析をしたようだ。報告書は、再循環ポンプの軸受けリングと水流が「共振現象」を起こし、溶接部分に強い負担がかかって亀裂が生じたと事故原因を指摘した(1989年9月24日『朝日新聞』朝刊)。事故は「溶接不良」という人為ミスではなく、「共振現象」という構造欠陥であったことが明らかになった。
 まず事故の事実そのものを隠し、それが困難になったら、今度は事故を極力小さく見せる。それが、秘密主義者たちの基本方針である。今回の事故に関する東京電力や政府(国・自治体)による「公表」の経緯と内容を振り返ると、約20年前の事故と大きな差はない。
 例えば、大気中の放射性物質の濃度や線量率の分布を予測する、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)の計算結果は、4月下旬まで公表されなかった。また、福島第一原子力発電所のモニタリングポスト(8か所)のデータについて、ようやく東京電力が「追加公表」したのは5月末のことだ。
 秘密主義という体質を悟られないように、「公表遅れ」「公表漏れ」という言葉がひんぱんに使われる。メディアも言葉による「ごまかし」に加担するのではなく、「情報隠し」だと明確に指摘すべきだろう。
 かつて日本の原発事故について私がFOIAを利用したのは、国にも福島県にも情報公開制度がなかったからだ。しかし、いまは違う。情報公開法・条例を利用して、福島第一原発の事故について、政府が取得・作成した情報の公開を求めることは、いつでも誰でもできる。秘密主義者たちに原発事故の公開を迫ることは可能だ。ただ、その道は容易ではない。
 事故の大きさを考えると、公開請求や対象となる文書の件数は膨大なものになるだろう。また、事故への関心がきわめて高いことから、メディアを含めた公開請求が殺到していることも推測される。
 すでに、情報公開法に基づき原子力安全・保安院や文部科学省に公開請求をした例もある。しかし、いずれも決定期限が延長されている(参照:調査報道サイト「HUNTER」http://hunter-investigate.jp/)。同サイトによれば、原子力安全・保安院は「本開示請求に係る事象が現在も収束していないことに加え、本開示請求に係る行政文書は多くの文書からなり、当該第三者に対する意見照会等を行い、その結果を踏まえて法定の不開示情報に該当するものがあるかどうかを精査することに相当の期間を要するとともに、他の開示請求事案を平行して処理することにも相当の期間を要する」(下線は筆者による)ことを理由に、決定期限を6か月延長したという。
 政府による意図的なサボタージュだと、これを批判することは容易だ。しかし、いまもなお事故が収束していない中で、情報公開を求める側が何らかの工夫をすることも必要だろう。特定の対象への集中的で過熱した取材を「メディア・スクラム」という。これにならうならば、原発事故に関する大量の公開請求の集中は「アクセス・スクラム」と言えよう。「メディア・スクラム」と同様に「アクセス・スクラム」は好ましくない結果をもたらす。それは、原発事故に関する情報公開の停滞である。市民やメディアが情報公開を求めれば求めるほど、政府は、それを口実に公開請求の処理を遅らせる。このジレンマをどう打開していくべきなのか。
 先日、私は、『新聞研究』という月刊誌に、新聞記者に向けて「各人の発意でばらばらに開示請求をしていたのでは非効率的である。場合によっては、会社という枠組みすら超えた『チーム』としての取り組みが必要になるかもしれない。」と書いた(「『聖域』への過剰な配慮に批判を」日本新聞協会『新聞研究』2011年5月号 №718)。この「チーム」こそが、ジレンマ解消のヒントである。
 この点でも「メディア・スクラム」への対処法が参考になる。それは「代表取材」である。原発事故の情報公開も「代表取材」のように役割分担をして進められないだろうか。情報公開法・条例により公開される文書が特ダネやそのきっかけになるのはわかる。また、そもそも知る権利は何人にも認められた権利だから、その自制を勧めることは私の立場上問題でもある。しかし、「アクセス・スクラム」によるこう着状態を脱するために、市民が公開請求を分担し、成果を共有していくような方法を取れないだろうか。真の意味でのスクラム(ラグビーのように大勢が腕を組み合わせて前進すること)によって、福島第一原発事故のスクラム(原子炉の緊急停止)の真実を明らかにしていくのである。
 私が連載をもつ月刊『ガバナンス』最新号には、「未曾有の事故だからこそ、この時代に生きた人間の責任として、事故に関する記録を残し、後世に伝えたい。少しオーバーかもしれないが、今回の事故に関する徹底した情報公開と記録の保存は、市民だけでなく行政も含めた私たちの歴史的使命なのだ。」と書いた。この歴史的使命を果たしていくため、クリアリングハウスは「福島第一原発事故情報公開プロジェクト(仮称)」を立ち上げようとしている。
 同プロジェクトは「今後のエネルギー政策・議論、原子力発電に係る政策・議論、事故の検証、事故に関連する訴訟の基礎資料を市民が共有できるようにする」ことを目的に掲げる。「原発震災アーカイブ」をめざす試みともいえる。
 約20年前にNRCが公開した約270ページの文書を前に、私はぼうぜんと立ち尽くした記憶がある。当たり前のことだが、すべてが英文だったことに加えて、専門用語や数式を含むデータを読み解くことができないからだ。そこで、ある市民活動団体を通じて京都大学の専門家にすべての文書を提供し、読み解いてもらった。その結果わかったことが、「共振現象」という構造欠陥だったのだ。公開された文書の共有化は、専門家による多角的な検証を進めていく点で優れている。原発事故に関する情報を公開させていくことではなく、それを正しく読み解き未来に活かしていくことが大切なのだ。
 「原発震災アーカイブ」に所蔵されるのは日本の政府が公開した文書だけではない。今回の事故についてもFOIAを活用することはできる。冒頭で約20年前の昔話をしたのも、その可能性を示唆するためである。FukushimaについてNRCが東京電力や日本政府から取得した文書や独自に分析・作成した文書も大量にあるはずだ。日本の政府とは違って当事者ではないため、6か月間の決定延期などというサボタージュはできまい。約20年前の当時ですら請求から公開までわずか3か月程度であった。今回のFukushimaでも、国内でこう着状態に陥っているうちに、意外と早く「黒船」に乗って大量の文書が届くかもしれない。

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