受動喫煙防止の余白 連載第226回

新型コロナウイルスばかりを追いかけていると、他の肝心なことを忘れてしまう。そんなテーマの一つが、改正健康増進法(以下「法律」)と東京都受動喫煙防止条例(以下「条例」)の全面施行だ(20年4月1日)。法律は受動喫煙を防止するため、屋内施設の原則禁煙を定める。ただし、客席面積100㎡以下の小規模飲食店は例外とし、規制の実効性が半減した。そこで、東京都は独自の条例を制定し、面積とは別のモノサシで規制対象を定め、より多くの飲食店が禁煙になるようにした。この点では厳しい条例なのだが、先送りにされた課題もある。

全文は月刊ガバナンス(ぎょうせい)2020年5月号でお読みください

危機管理と情報公開 連載第225回

WHOが新型コロナウイルスをパンデミック(感染症の世界的な大流行)に認定した。現段階での日本国内での感染拡大は爆発的とはいえないが、先を見通せない状況が続く。このパンデミックが進行する中で、もう一つの問題が深刻化している。それがインフォデミックだ。デマに象徴される不確かな情報が広まり、未知の感染症に対する体感不安もあいまって、市民の認識と判断をミスリードする。その結果、人間の生命・健康ではなく、社会の安全・安心が脅かされて壊れていく。

全文は月刊ガバナンス(ぎょうせい)2020年4月号でお読みください

明日のための振り返り 連載第222回

「PDCAサイクルを回す」という使い古された言葉がある。何でもやりっぱなしで放置してきた私にとって、まだまだ「ため」になるところが多い。思い立ったら行動してしまう私は、D(実行)には多少の自信はある。しかし、多くは思いつきの行動なのでP(計画)は怪しい。それ以上に問題なのは、C(評価)とA(改善)をまったく欠くことだ。かつて、ある論文で「役所はカルシウム(CA)欠乏症だ」と指摘したことがある。もちろん、それは自戒を込めた表現だ。そんな私にとって、昨日までを振り返り、明日を展望する良い機会があった。

代理人の「本人」開示 連載第221回

個人情報保護条例は、当該個人の開示、訂正、削除、利用停止等の権利を保障している。多くの場合、起点となるのが本人開示請求権だ。これにより自己にかかわる個人情報の記録内容を知り、必要に応じて次のアクションに展開することもできる。これまで特に何の区別もせずに本人開示と表現してきた。しかし、最近になって、代理人による請求は、カギカッコをつけて「本人」開示と表現すべきかもしれないと考えるようになった。それは、法定代理人や成年後見人等の代理人による権利の代行が、被代理人の利益に反する例が散見されるからだ。

伝えることの難しさ 連載220回

相次ぐ台風で東日本を中心に多くの犠牲者を出し、多くの地域が被災した。関係者が急ピッチで深刻な事態への対処を進めているが、まったく先を見通せない状態が続いている。まずは犠牲者の方々の死を悼み、被災者の方々にお見舞いを申し上げたい。また、救助や復旧にあたる関係者の方々に深く感謝したい。被災地に駆けつけて、ボランティアとして働きたい気持ちはあるが、個人的な事情から、何もできない自らを恥じ、悔しく思いつつ本稿をつづっている。

「節度」のある調査を 連載第219回

地域で暮らし、働く人たちが、良好な日常生活や社会生活を支援していくことが、自治体の主要な役割である。この役割をしっかり果たしていくために、1人ひとりの生活に関わる個人情報の取得・利用が必要な場合も少なくない。生活に対する強い不安感から、自己に関する個人情報の取り扱いに不信感を抱く例もある。その時に必要なのは、自治体職員の「節度」のある行動だ。価値観が多様化した社会における「節度」とは、法令やそれに基づく仕組みを硬直的に運用することではない。支援する相手の視点に配慮した柔らかな姿勢をもちたい。

宗教法人の提出書類 連載第218回

「触らぬ神に祟りなし」という言葉がある。ある物事に関わると面倒で、災いが起こるかもしれないので、そっとしておくという意味だ。というわけではないと思うが、情報公開が進んだ世の中で、あたかも「聖域」のように扱われている領域がある。その代表例が、警察・外交・防衛に関わる情報だが、他にも「聖域」がある。それは、宗教法人が自治体や国に提出した書類だ。過去にも自治体が保有する提出書類の公開の可否をめぐる議論があった。いま、それが国を舞台に再燃している。

制度の多様性 連載第217回

ずいぶん昔のことだから、多くの人は忘れてしまい、若い人は知らないかもしれない。情報公開条例の最大の特色は、自治体が先導・主導したことにある。その結果として、条例の内容に多様性があることを、今回は取り上げたい。それは、目的に知る権利の保障が明記されているか否かだけではない。実際の解釈運用に大きな影響を及ぼす非公開情報の規定ぶりも、条例により大きく異なる。また、規定ぶりは同じだが、同じ内容の行政文書の公開の可否が、自治体により異なることは珍しくない。

「公知の事実」の公開 連載第216回

屋上屋を重ねるような、なんだかおかしなタイトルである。法律上の意味はともかく、一般的には「公知の事実」とは誰もが知っていることを指す。その事実はすでに知れ渡っているのだから、改めて公開する必要はない。だから、情報公開制度を使って、「公知の事実」の公開を求めるようなことは、あり得ない話のように思える。ところが、実際には「公知の事実」の公開が求められたり、それどころか非公開になるような例もある。いったい、どういうことなのだろうか。

大臣日程表の即日廃棄 連載第215回

先日、実に興味深い記事があった。AI(人工知能)がさまざまな分野で活用されていく中で、「人命や経済損失につながる分野では、『なぜその結論を出したのか』が人間には分からないことが大きな課題になっている」というのだ(朝日新聞19年5月5日)。そして、AIにも説明責任が求められるという記事の流れに思わず苦笑した。では、翻って、私たち人間は説明責任をきちんと果たせているのだろうか。そのようにAIに問いかけたら、彼・彼女は何と答えるだろう。